2016年2月、南青山の閑静な住宅街に誕生した「オルグイユ」。 フレンチの名店「カンテサンス」出身の加瀬史也氏による、「シャンパーニュに合うガストロミー」がコンセプトの店だ。
扉を開けると、客席とキッチンが一体化したシンプルでスタイリッシュな空間が広がる。
「13坪しかないので、なるべくフラットに作りたかったんです。お客さまの様子をチェックしながら、選ばれたシャンパーニュ に合わせて料理の味付けをアレンジ。ワインビネガーや柑橘系のビネガー、オリーブオイルなどで、そのお客さまにベストな味わいに調味してお出ししています」
加瀬氏が提供するのは、単に料理とシャンパーニュのマリアージュだけではない。お店に向かう道のりから帰宅まで、現実から離れた「夢」を演出してくれるのだ。駅に入ると一気に現実に戻ってしまうため、駅から10分前後の物件を探したという。「今日はどんな料理が食べられるのだろう」と期待を膨らませながら、お店に向かう。そしてシェフ渾身の料理とシャンパーニュを洗練された空間で堪能し、駅までの道のりでその余韻を語り合う……。そうしたストーリーが描かれたお店なのだ。
オープンわずかで、2017年度のミシュランガイドの1つ星を獲得した同店。加瀬氏が創り出すひとときを味わいに、国内外から多くのファンが詰めかける。
タニコーさんとの出会いは、先輩からの紹介がきっかけ。
すぐに電話をして、翌日には担当の松田さんと、最初の打ち合わせをすることができました。いつ連絡してもレスポンスが早く、的確なので、安心してお任せすることができて助かっています。
その後すぐにタニコーさんのショールームに伺って、作りたい厨房のイメージを松田さんと共有。お客さまの反応を見ながら調理ができるオープンキッチンを作りたい、と伝えました。というのも、料理は一皿だけで考えるのではなく、その前後のシチュエーションや店の雰囲気、お酒など、トータルでお客さまに合わせて仕上げていくべきだと思ったから。また 同時にお客さまにも、適度な緊張感を持ちながら食事をしていただく。いうなれば厨房も内装の一部として、お店の大きな構成要素になっています。すべてお客さまから見えますから、どこから見られても恥ずかしくない、スタイリッシュで美しい厨房を作りたかったのです。ショールームで様々な特注ステンレス仕上げの中から素材感をチョイスできたことで、厨房の雰囲気が決まっていきましたね。
煩雑になりがちな水回りや火回りは、客席から遠いところに設置しました。また吊り戸棚は排除して、収納はすべて下に。すべてのツールがきっちりと入るよう、すべて計測して作っていただきました。また水回りの床が上がるとお客さまに威圧感を与えてしまうということで、フラットにすることに。松田さんの力をお借りして、イチから自分で組み立てていけたので、ノンストレスで調理することができています。
私はお客さまに満足していただくために厨房ではいつでも真剣勝負です。リピートしてくださるお客さまも多いのですが、前回の自分を超えなければいけないと、心も体もフル回転で臨んでいます。厨房に立つときは集中して駆け抜けるので、ベストな状態を保つためには、しっかり休むことも大切。ですから、月に8日は定休日を設けています。
取材などで、よく「得意なことは何ですか」と聞かれるのですが、材料選びからメニュー構成、火入れや味付けなどの調理、盛り付けまで、すべて得意です。そうでなければ、お客さまの印象に残る料理は出せない。美味しいのは当たり前で、その先を目指さなくてはならないと考えているのです。
おかげさまで集中できる厨房がありますので、これからも、何事にも妥協せずに、自分のやりたいことを実現していきたいですね。
「オルグイユ」オーナーシェフの加瀬さんは、すばらしく繊細で緻密な方。第一印象で感 じたイメージは今でもまったく変わっていません。提供されるお料理も、とても繊細かつ軽やかなのです。
スタイリッシュな内装にあわせたオープンキッチンということで、まずは弊社のシステムキッチンのショールームにお連れしました。そこで、バイブレーション研磨のステンレスとブラックステンレスをメインで使うことになったのです。フードとメインキッチンはバイブレーション・ブラックステンレスを軸に組み合わせ、ポイントにレーザーマーキングを施しました。スチコンの面材もバイブレーション研磨で作ったのは、当社でも過去になかったのではないでしょうか。
お客さまからすべてが見えるオープンキッチンですから、加瀬シェフの厨房に対する配慮はさらに細やかなもの。ちょっとした溝をパテで埋める、といったことはせずに、すべて隙間のないようぴったりと収まる設計にしていきました。
もちろん収納の引き出しも、大きな音でお客さまの時間を妨げないソフトクロージング仕様。水栓もスイッチを隠してリモコンで操作するなど、細部まで神経を遣っています。鍋など調理器具もなるべくお客さまの目に触れないよう、収納はたっぷりと。どこに何を入れたいのかがシェフの中であらかじめ決まっていたので、それぞれの鍋や調理器具の高さに応じて、仕切りの高さなどをすべて計りながら、収納も設計していきました。
内装デザイナーも、デザイン・キッチンの重要性を理解している方を私から御紹介させていただきましたし、設計・施工チームもメンバーを厳選しました。
このように緻密なシェフの要望に応えようと、チーム一丸となって最善を追求しました。 けれども実は、2016年1月中に引き渡しが決まっていたのにもかかわらず、最初の打ち合わせは2015年の10月。すべてオーダーメイドの厨房なので、この短期間で間に合うのかと私も設計士もかなりヒヤヒヤの連続でした。
そのような中でも加瀬シェフとの厨房づくりは、実はとても楽しかったのです。素晴らしい厨房ができて、本当にホッとしています。シェフとの厨房づくりの経験は、きっと今後も活きていくと思っています。