昨年1月に華々しくオープンし、早くも多くの固定客を掴んでいる「ラ・フロレゾン・ドゥ・タケウチ」。この店を訪れる常連客の多くは、カウンター席を熱望するという。その理由は、まさにカウンターの向こう側、身を乗り出せば手の届きそうなところで、シェフたちが躍動する姿を見ることができるからだ。
ここ数年、ライブ感やシズル感は、飲食ビジネスには欠かすことのできないキーワードとなっているが、「ラ・フロレゾン・ドゥ・タケウチ」のカウンター席は、ダイレクトにそれを享受できる特等席。
「多くの店では、厨房とホールが完全に隔離されているために、お客様の表情を見て、楽しんでいる様子を見て、最高のタイミングで料理を出す、ということがなかなかできない、できていたとしてもそれを料理人が実感できないことにフラストレーションを感じていました」とオーナーシェフ、竹内正樹シェフは話す。
竹内シェフは、国内外の名だたる有名店でシェフを務めた、新進気鋭の実力派。
有名店で磨かれた確かな技術、卓越したセンスを駆使したレベルの高い料理を提供しつつ、お客様との距離を文字通り短くして、心尽くしの料理を楽しんでもらいたい。そんな竹内シェフの心が、ひしひしと伝わってくるグッド・プチ・レストランだ。
修行先である恵比寿のタイユバン・ロブション(現ジョエル・ロブション)のロブション氏から、『美しい料理は、美しい厨房からしか生まれない』と教わりました。
オーナーとなって店を出す時、美しい厨房をつくるために一切妥協したくないと考えました。莫大な投資をするのですから、徹底的にやってやろうと。そして、世界中の料理・厨房関係の専門誌やインターネットなどで情報収集を始めました。その中で、目に留まったのが、印象的なアイランドを設えたある店の厨房でした。記事を読むと、プロデュースしたのはタニコーというメーカー。もちろんの社名は知っていましたが、つてもないので、思い切って直接営業所に電話をかけてみました。実は、店舗物件もまだ決まっていなかったのですが、正直に私の思いを伝えてみると、快く引き受けてもらえたのです。
まずお願いしたのは、件のアイランドです。最初からアイランドキッチンにすることは決めていて、物件も、私の理想とするアイランドが入るものを選んだほどこだわりました。また、美しさにも徹底的にこだわって、基本は直線的なフラットデザインに厨房全体をコーディネートしてもらいました。
もちろん、機器などによっては、曲面を持つモノもあるわけですが、それも極力直線的なデザインに加工してもらいました。今考えてみると、よくそこまで対応してくれたな、と思いますが…(笑)。
営業の伊藤さんにお伝えしたことは、「私は料理のプロだけど厨房作りは素人。言いたいことは言うけど、厨房のプロのタニコーさんがそれはできないと言えば、納得して受け入れますよ」ということでした。でも、最後まで「できません」という言葉は出てこなかった。100%は無理な場合でも、こうしたら、ああしたら、という提案を必ずしてくれるんですね。夜中にファミレスで何時間も侃々諤々やりあって、厨房のプロの意地とプライドがあったからこそ、この素晴らしい厨房ができたのだと心から感謝しています。
この店は、つまり、厨房の隅々までお客様の目が届くという、設計の厨房ですから、そうした面でも業界では有名になってしまって、気が付くとカウンター席に同業者ばかりが並んでいるなんて日もあります(笑)。そして、食事を終えて帰る時、皆さんに必ず言われるのが「素晴らしい厨房だね!」という言葉です。やはり同業者は細かいところまで見てますから、凝りに凝った厨房であることがすぐに分かる。そんな時は、やっぱり嬉しいですよね。
イケメンな容姿、柔らかな物腰とは裏腹に、その内面には熱く煮えたぎる料理への情熱、妥協を許さない美意識を持っている、それが竹内シェフです。
最初に打合せをさせて頂いた時から、とにかくこだわりが半端ではありませんでした。もちろん、それだけ厨房に関しても勉強をされていて、私が知らない海外の最新情報などもいち早く入手されていました。正直言って、最初は、厨房のプロとして心して臨まなければ、負けちゃいられない、という気持ちでした。
ラ・フロレゾン・ドゥ・タケウチさんの厨房は、通りに面したオープンキッチンという、フレンチレストランの常識から考えると非常に斬新なものでした。目の前のカウンターからはもちろん、店の奥からも、通りからも厨房が丸見えなのです。ですから、通常のオープンキッチンとは比較にならないくらい死角がありません。それを考慮した上で、アイランドを中心に徹底的に「魅せる」厨房ということを意識して仕事をすすめました。
竹内シェフからは全体のデザインはもとより、細部に関するところまで、細かな要望を頂きました。例えば、デフォルトではサラマンダーの背面は曲面になっているのですが、「フラットで直線的なデザインを基調とした厨房で、ここだけ丸みのあるのはおかしくない?」と言われたりします。サラマンダー単体で見れば、問題ないデザインですが、視野を広げると確かに違和感がありました。
また、冷蔵庫の扉を閉める時に、バタン! という音をさせたくない、引き出しも音がしないでスッと収まるように、機器のつまみはオーディオ用の様に重みのあるものに、と、次から次に様々な要望が出てきます。ただ、不思議なことに、私の中に、「そこまでやる必要あるの?」という気持ちは少しもありませんでした。それどころか、途中から竹内シェフならきっとここも許せないはず、と、美意識を共有し、先回りして改善提案ができるようになっていったのです。
こだわりまくったお陰で(笑)、最後は納期との戦いとなりましたが、何とか期日に間に合って、迎えたオープニングレセプションの席、竹内シェフからシャンパンをいただき、「100点の厨房ができたよ」と、声をかけていただけた時の感激は、今も忘れられません。
当社の設計、工場のスタッフも含めて、タニコーの総力を注ぎ込んで、徹底的にこだわって作り上げたラ・フロレゾン・ドゥ・タケウチさんの厨房。私にとっても、大切な宝物となりました。