新鮮な魚介をはじめ、秋田県内の特産品、銘菓、地酒などを一同に集めた、「秋田まるごと市場」。連日多くの観光客で賑わうこの市場の一角に、2008年3月にオープンした「海鮮問屋 北前船」は、日本海の海の幸と地酒を存分に堪能できる繁盛店だ。
メニューは、旬の魚の刺身などを中心に、きりたんぽ、ハタハタ、稲庭うどんなど、秋田の名物がずらりと並ぶ。ただし、メニューを見てみれば、この店が観光客相手に、安易に秋田名物を並べているのではないことはすぐに分かる。メニューは、「味噌・しょっつる料理」「発酵料理」「塩・ぬか料理」「漁師料理」「燻り料理」「本返し料理」の6つにカテゴリが分かれているのだ。
海山からの豊富な食材に恵まれた秋田。しかし、同時に厳しい自然条件の中で、人々は様々な調味料、調理方法を駆使して、秋田独特の食文化を育んできた。この店が、メニューにこうしたユニークなカテゴリを立てて提供しているのは、単純においしさだけではなく、その味を生み出した秋田の食文化までもを客に伝えようとしているからなのだろう。
ちなみに、「海鮮問屋 北前船」は、稲庭うどんのトップブランドの一つとして知られる(株)無限堂が経営母体。秋田の魚、料理、地酒をたっぷりと堪能した後には、滑らかでスルリと胃袋におさまる、絶品の稲庭うどんで〆るのもいい。
タニコーさんとは、「海鮮問屋 北前船」をオープンする前に営業していた「無限厨房」という店からお付き合いさせていただいていて、店を全面改装して、新規店舗をオープンするにあたっても、厨房はすぐにタニコーさんにお願いしようと決めていました。
「海鮮問屋 北前船」の厨房を造るにあたって、タニコーさんに要望させてもらったのは、とにかく「調理人が動きやすい厨房」にすることでした。これは当たり前なのですが、なかなかできない。それは、多くの場合、厨房には十分なスペースが与えられないからです。ただ、幸いこの店を造るにあたっては、まず、厨房ありきでつくることができました。ですから、「調理人が動きやすい厨房」、つまり、スムーズな作業動線を確保した、理想的な厨房を造ることができ、大変満足しています。
もちろん、完成までにタニコーさんとも十分に話し合って、様々な提案がいただけたことも今回の厨房造りが成功した大きなポイントでもあります。ただ、タニコーさんとは長年の付き合いがありますが、私が一番評価しているのは、実は、こうした施工時の一生懸命さだけではありません。ヘンな言い方になりますが、新しいものを造るのであれば、どこの会社でも一生懸命やりますし、それなりのものはできるはずです。でも、私たち調理人は、厨房を造るところがゴールではなくて、そこからがスタート。つまり、その後の充実したフォローこそが、厨房機器メーカーに求めるクオリティーなのです。
タニコーさんは、非常にハイテクな調理機器もたくさん作られています。今回も、担当の今野さんから、新しい商品の説明をいろいろと受けました。でも、この店ではそうしたハイテクなものは、ほとんど入れていません。と言うのも、私はそうしたものが、調理人の成長の妨げになると考えているからです。「海鮮問屋 北前船」は、料理のほとんどを手作りしています。つまり、調理人の成長なくしては、店は維持できないのです。ですから、「調理人が動きやすい厨房」という要望も、お客様を満足させるお料理を提供するためだけでなく、調理人の成長のためにもそれが必要だったからなのです。
厨房というのは、言わば消耗品です。どんなに性能のいい機器でも、必ずいつかトラブルがおきる。しかも、いつ起こるかわからない。ですから、いつ何時トラブルが起きても、すぐに駆けつけてくれることが重要です。その点でも、私はタニコーさんに全幅の信頼を置いていますし、ビジネスパートナーとして長く付き合える相手だと考えています。
植村総料理長は、「調理人の動きやすさ」を一番にお考えになる方で、今回の「海鮮問屋 北前船」様に関しましても、それが一番と言いますか、唯一のご要望でした。
調理機器が充実している、収納がたくさんある、調理スペースが広いなど、調理人が求める厨房のポイントは様々ですが、要望が一番多いのは、植村総料理長もそうですが、「動きやすさ」なのです。
「スムーズな作業動線を確保する」これは厨房造りにおいて基本ではありますが、残念ながら新規出店の店でも、なかなか100%ご満足いただける厨房は作ることはできません。それは、店舗造りにおいて厨房というもののプライオリティーがどうしても低くなってしまうからです。通常の店舗であれば、まず、経営的な視点から客席数の確保を一番に考え、その次に厨房となります。したがって、そのスペースはおのずと限られてしまうのです。スペースがなければ、作業動線の確保はできにくくなり、結果的に調理人の「動きやすさ」が犠牲になってしまうのです。
でも、「海鮮問屋 北前船」様に関しましては、まず、厨房ありきで店の設計がスタートするという非常にレアなケースでした。それは、無限堂の取締役でもある植村料理長が、「調理人が動きにくい厨房からは、満足な料理は提供できない」という哲学を持たれていたからです。制限のあるスペースの中で、その店のメニュー、調理人の数などを考えて、いかにして動線を確保するか、動きやすい厨房にするかを考えている私たちにとりましては、「海鮮問屋 北前船」様の厨房は、本当にレアな施工ケースと言うことができます。
ただし、スペースの面では余裕があった今回の厨房造りでしたが、扱われる食材、メニューの多彩さ、また、それを手作りされるという店の特性から、十分な作業スペース、動線の確保、そして、衛生面を考慮した清掃のしやすさなどに関しましては、植村料理長と幾度となくお打ち合わせをさせていただきました。
お客様の数だけ条件・ご要望があり、一つとして同じケースがないのが私どもの仕事ですが、タニコーは、どんな条件、ご要望にも全力で取り組ませていただきます。また、厨房は生き物で、必ずメンテナンスが必要となります。私どもが、無限堂様と長いお付き合いをさせていただいているのも、メンテナンス、フォローを評価してくださってのことと自負いたしております。
「調理人が動きにくい厨房からは、満足な料理は提供できない」という植村総料理長の言葉を胸に刻んで、今後もお客様に長く愛される仕事を心がけてまいります。